「なんか、一夜にしてハギがゲッソリして見えるのは俺の気のせいかな?」
 恵太が食堂のテーブルごしに、まじまじと重信の顔を覗き込んでいる。
 重信の左顔面は、ガーゼを貼り付けてはいるが、紫色に変色し腫れ上がっているのが見てとれ、あまりにも痛々しい。その上、昨日までは確かになかった目の下のクマまでもが、はっきりと浮き上がっている。
「もしかして、痛くて眠れなかったとか?」
 美雪が心配そうに重信に訊ねた。
「まあ、そんなとこ」
 きつねうどんを開きにくい口でちびちびと食しながら、重信は答えた。
 が、本当の寝不足の原因は傷の痛みなんかではない。重信は、昨日の悪夢のような保健室での出来事を思い出していた。思い出したくもない現実……。
 まだ唇に残る小柴の唇の感触。重信のファーストキスは、甘くロマンチックなものでもなんでもなく、あの何を考えているのか全く分からない謎の男、小柴によって突如奪われてしまったのだ。
 あまりのショックで、重信は握っていた割り箸をするりと手から滑らせる。
「ハギ?」
 アオイが急に青くなった重信を、眉を顰めて呼びかけるが、それでも反応のない重信に、
「おい」
と、今度は肩を揺すぶった。
「へ……?」
 やっと正気に戻った重信に、三人は心配そうに顔を見合わせる。
「大丈夫か? やっぱ傷の具合悪いんじゃ……」
 恵太が頬のガーゼを指差す。
「いや、別に平気」
 傷は確かに痛んだが、我慢できない程のものではない。それよりも、奪われたファーストキスのことが相当こたえているようで、そのせいで昨日も一睡もできなかったのだ。