”GID”即ち、Gender Identity Disorder(性同一性障害)。
 重信が風呂上りの濡れた髪をタオルで乾かしながら、自室のノートパソコンで検索した言葉だった。

「性同一性障害。生物的性別と、性の自己意識が一致しない状態……」
 しばらくパソコンの画面を眺めたまま、重信はじっとなにやら考え込んでいた。

 GIDという言葉の意味を知った今、不思議と驚きはしなかった。寧ろ、アオイがこんな重
要なことを打ち明けてくれたことが、何より嬉しいと感じていた。
(そっか、じゃあやっぱ俺は正真正銘のゲイだ。俺は男としてのアオイに惚れたのか)
 一人納得すると、重信は迷うことなくパソコンの画面をシャットダウンする。
 すっかり崩れかけていた自己認識が再び確立され、妙なことに、ある意味安堵していた。おかげで、ここ数日抱えていた辛さはすっかりと消え去り、清々しささえ感じる。
 アオイがGIDと分かっても、アオイを好きな気持ちは変わることなく、より一層その気持ちが強くなったような気がした。それに重信は、色んな理由をくっつけて、自分自身を誤魔化すことはもうやめようと心に決めたのだ。

「アオイはアオイだ。女だからとか男だからとか、そんなもの関係ない」
 タオルでわしわしと髪をこすりながら、重信は言った。



ーーーという訳で、重信はアオイに対して何の遠慮も持たないことにしたのだった。
「おい、この大型犬、どうなってんだ?」
 アオイがぴったりとついて回る重信に困り果て、恵太に問い掛けた程だ。
「さ、さあ? まあ俺としては、ハギとアオイが元に戻って、嬉しい限りだけど」
 そう恵太に返されて、アオイは大きな溜息をついた。

 以前にも増して、アオイのすぐ隣にくっついてやれ牛乳だ、やれビスケットだ、っと世話を焼く重信。昨日まではあんなにあからさまにアオイを避けて逃げ回っていたというのに、一体昨日のうちに何が起こったのか理解できない。っという顔で、恵太と美雪が不思議そうに顔を見合わせている。
「俺、またハギのお尻に尻尾が生えてみえる」
「わたしも……」
 けれど、恵太は何よりほっとしていた。一時はどうなるかと思った重信とアオイだったが、すっかり元通りだ。あのまま二人の仲がどうにかなってしまっていたらと考えると、胃がキリ
キリと痛む。内緒だが、恵太はこのところ胃潰瘍の予備軍の仲間入りをしていた。ストレスの主な原因は、ご存知の通りである。