「おい、こんなとこで何やってんだよ、お前」

 地面を見つめていた重信の視界に、見覚えのあるナイキのスニーカーが入ってきた。それに、聞き覚えのある中性的な声。
 重信はそれが誰だかすぐに分かったが、顔を上げることができなかった。

「おい、なんか言えよ。シカトしてんじゃねぇぞ」
 怒ったような口調。そりゃ怒るのも当然だ。重信はこの五日間、ことごとくメールから電話から何から、全て避けてきたのだから。

「おい、ハギ」
 重信が顔を上げようとしないのを見兼ねて、その人物が重信の腕を掴んだ。

「ちょっとこっち来い!」
 この小柄のどこにこんな力があるのか、と不思議に思うような力で、身長百八十五もある重信をベンチから見事に引っぺがした。
 それでも俯いたままの重信の腕を、強引に引っ張り、どこかへ連れて行こうとする。
 すっかり力の抜けている重信は、なすがまま引かれるがままに、ずるずると引きずられるように歩いた。

(なんで……)
 気が付いたときには、重信は見覚えのある喫茶店の前に立っていた。
(アオイのバイト先?)
 やっと顔を上げた重信を、下から睨み上げるようにして、アオイが仁王立ちしていた。小柄な筈のアオイが、どういう訳かもの凄いド迫力だ。
「お前さ、何悩んでんだか知んねぇけど、いい加減にしろよ!?」
 アオイが一体何を考えているのかが重信には予想もつかなかったが、アオイがひどく怒っていることだけははっきりと分かった。
「悩んでる訳じゃ……」
「うるせーー!!」
 重信は、再び腕を掴まれ、ポイっと店の中に放り込まれる。
 カラカラと店の鈴が勢いよくなり響き、カウンターから、
「あれっ、アオイちゃん!?」
と、店長の優木さんが驚いた顔を覗かせている。