「おはよう、美雪」
 恵太が彼女の前に立ち声をかけると、本から顔を上げた美雪が、
「おはよう、お二人さん。萩本君は無事復活ね?」
と笑いながら言った。読んでいたページにしおりを挟み、パタンンチから立ち上がった。そして、そのまま恵太にちらっと目をやりながら、
「昨日、恵ちゃんったら、すごかったのよ。『朝からハギから連絡がこない』だの、『普段熱なんか出さないのに、熱出した』だの、大騒ぎして帰るまでずーっと萩本君の話ばっかり」
 重信は、これは仮病だったなんて絶対に言えないなとこっそり心の中で思った。予想は的中で、恵太はやっぱり物凄く心配していたようだ。恵太には申し訳ないことをしたが、それに付き合わされた美雪のことを考えると、もう一段階申し訳なさが増した気がした。
「こら! だから勝手にバラすなって!」と表紙を閉じると、美雪はベ「だって、ほんとのことでしょー?? 恵ちゃん、どんだけ萩本君のこと好きなのよー」
 恥ずかしそうに口を尖らせる恵太に、困ったように笑う美雪。
 そんな姿を見ながら、重信はこう思った。熱を出したというだけで、これだけ心配してくれる友人がいることは、とても幸せなことなのだろうと。そして、恵太は無二の親友というやつなのだろうと。恵太を好きだったときの自分がまるで嘘のようだ。今は、大切でかけがえのない友情を何より大事にしようと素直に思えた。そうすれば、この親友には、今までずっと誰からも隠し続けてきた自分の秘密をいつの日か話せる時がくるかもしれない、そう重信は感じたのだ。

「そういえば、アオイちゃんも昨日はなんだか様子が変だったよね」
 突然、思い出したように美雪が言った。
「そうだよね。確かに」
 恵太も、ふと前日の記憶を呼び起こすかのように、呟く。
 昨日、あんなにはっきりとアオイから離れると決心したにも関わらず、アオイの名前を耳にしただけで、無意識に話に聞き入ろうとする重信がそこにいた。
(アオイの様子が変?)
 重信の密かな決心を知らない恵太と美雪は、昨日のアオイの様子について話し始めた。
「アオイちゃんたらさ、朝からなんだか落ち着かないみたいで、ずっとそわそわしてさ。休み時間の度に何度も教室の入り口を振り返って見たりして」
「そうそう。それに、あのアオイが少食だったんだぞ! 昼飯なんて、醤油ラーメン二杯だけ
だぞ?」

(ラーメン二杯は少食なのか……?)
 なんて、こっそり突っ込みながらも、重信は二人の話に耳を傾ける。
「だよね、普段なら醤油ラーメン二杯に丼ぶり二杯は軽くいっちゃうもんね?」
 二人にとって、アオイの食事の量が相当衝撃だったらしく、興奮気味に頷き合っている。
「そ。それに、いつもなら絶対に一緒にいないような人たちに絡まれてたしな? どういう関係なんか知らないけどさ」
 恵太が真面目な顔でポケットに手を突っ込み、美雪も僅かに表情を曇らせた。