なんでもない日常の切れ端のはずのこの日。
 されど、重信にとってのこの日の彼との出会いはとんでもなく大きなものとなった。
今朝、あの小柄な彼と出会うまでは、四六時中恵太のことばかり考えていた。
 恵太に彼女ができて失恋した後も、5年越しの決して打ち明けることのできない募る想いを胸に、前以上に知らず知らず恵太の姿を目で追ってしまっている自分がいた。
 けれど、この日初めて、重信の頭の中を恵太以外のものが占領したのだ。

 朝、ほんの一瞬垣間見ただけの黒い髪と八重歯の印象的な”アオイ”という少年の姿が、重信の目にすっかり焼き付いてしまったのだ。
 彼が恵太と同じ2-Cにいるということを知ってからというもの、どういう訳か無性に彼の姿を一目見たいという衝動に駆られるようになる。
(おいおい、俺はずっと恵太一筋だったんだ。あんな一瞬しか見てないやつのこと、なんで……)
 本人は否定したいようだが、それはまさしく一目惚れというものに他ならなかった。
 一限目、二限目、三限目と、反する気持ちと闘いながら、なんとか2-Cのクラスへ行くことを耐えていたのだが、昼休みにとうとう耐え切れなくなった重信は、気づいたときには2-Cのクラスのドアの前に立っていた。

(お、俺、こんなとこまで来て何してんだ……? いやいや、これは違う。そうだ、俺は恵太に会いに来ただけだ)
 自分に言い訳をしながら、思い切ってドアをガラガラと開く。
 何もおかしい行為ではない、いつも通り恵太を昼食に誘いに来たというだけのことだ。そう、意を決し、重信は恵太に声を掛けた。
「恵太ー、メシいくぞ」
 平静を装って、いつも通りの声で呼びかけたつもりだが、どことなく緊張しているのが重信自身にもよく分かっていた。
「おー、ちょい待ってー。今ノート写してるから」
 恵太が振り返り、片手を挙げた姿に視線をやると、そのすぐ前にあの”アオイ”の姿があった。
 なんと、恵太の席の近くだったか! という新たなる衝撃とともに、再び急に高く鳴り出し
た鼓動。
(や、やばい……)
 そう分かってはいるものの、重信はどうしてもアオイから目を離せないでいた。
 アオイは丁度机に出ていた教科書を机の中にしまい、今にも立ち上がりそうな様子だった。
(きれいな黒髪だな……)
 ぼんやりそんなことを考えながら、重信はどうしても彼の顔を真正面から見てみたい衝動に駆られる。
(ほんのちょっとでいいから、こっち向かないかな)
 そんな重信の強い願いが通じたのか、とうとうアオイが椅子から立ち上がった。そして……、
(!!!!!)
 重信が立っているドアの方に向かって歩き始めたのだ。
軽いパニックに陥る重信。
 けれど、アオイの真正面からの姿は、重信の期待を全く裏切ることはなかった。
 百六十五センチ程度しかないだろう小柄な身体つきではあったが、気の強そうな目にシャープな顔立ち。爽やかな黒髪。