(や、やばい。一睡もできなかった……)
 げっそりしながら、重信は電車に乗り込んだ。
「やっぱ体調悪そうだな? もう一日休めば良かったのに」
 心配そうに恵太が顔色を窺ってくる。
 まだ美雪とは合流していない。彼女とは、三島高校の最寄、三島駅のホームで待ち合わせをするのが日常だ。
「平気だよ。熱ないし」
 三島駅までの五駅間だけは、恵太との唯一の男同士の時間とも言えた。
「そうか? あんま無理すんなよ。ハギは基本的に体調崩し慣れてないんだから」
 どういう理由だ、っと突っ込みを入れようかと迷ったが、重信はそのまま黙って車両の窓の外を過ぎていく家々の屋根を目で追った。
「……でもさ、ハギが熱出すとか初めてだろ? お前、小学校んときも中学んときも皆勤賞だったろ?」
 恵太は可笑しそうに肩を揺らす。
「そうだな」
 口下手な重信は、仮病を使って休んだことに対しての罪の意識からか、落ち着きのない声でそう呟いた。
「ああ。前の日に、俺と美雪が強引にハギに変なこと聞いちゃったから、知恵熱でも出たんじゃないかなって話してたんだ」
「誰と誰が!?」
 慌てて恵太を振り返った重信。もしも、アオイの耳にそんなことが入っていたらと思うと、落ち着いてはいられないかったのだ。
「俺と美雪だよ。大丈夫、流石にアオイ本人には話さないよ」
 苦笑して、恵太は重信の腕を軽く叩いた。
 ほっとして、重信はがっくりと項垂れた。

 しばらくの沈黙の後、気がついたときには、もう三島駅に電車は到着していた。

『三島駅、三島駅です。お降りの際は、足元にご注意ください』
 
 車両内に、アナウンスが流れ、左側の扉が開く。
 人の流れに乗って、重信と恵太は駅のホームへと降りた。すると、ホームに設置されているベンチに座って本を読む美雪の姿が目に入ってくる。きっと、重信たちよりも一本前の電車に乗車していたのだろう。