それから三ヵ月が経った秋。
 行き場の無い辛さを抱えたまま、重信は上辺だけの友人の仮面を身につけ、相も変わらず恵太の”幼馴染み”という地位を維持し続けていた。
 諦めざるを得ない状況とはいえ、厭が応でも目の中に飛び込んでくる恵太と美雪のツーショットに、いちいちショックを受ける自分に、重信は少々うんざりし始めていた矢先のことだった。

「うっす、恵太」
 彼女と肩を並べて歩く恵太の隣を、颯爽と追い抜いていく小柄の姿に重信の目は釘づけになった。
 ほんの一瞬の出来事だったのに、不思議にもまるで時が止まったかのようだった。

 まだ日中の暑さを残す十一月初旬の風に、歩く度真っ黒な短い髪がたなびいていた。
 白い長袖シャツを腕までたくし上げ、肩からエナメルの白いスポーツバッグを斜め掛けにしたその男子高校生は、今まで重信が見かけたことの無い人物だった。いや、見かけていたのかもしれないが、単に重信の目には恵太以外の誰も映っていなかっただけかもしれない。
「うっす」
 恵太は追い抜かれ際に、その男子生徒に声を返した。
 ……と、僅かに恵太を振り返った小柄なその彼は、どこかまだ幼さを残した少年のような顔立ちで、気の強そうなきりっとした目を細め、口元に八重歯を覗かせてほんの少し笑った。
 その瞬間、重信の心臓は大きく飛び跳ねる。
突然鳴り始めた胸の鼓動を理解できず、重信は火照った頬に手をあて、なんとか冷静になろうとする。が、ドクドクと脈打つ心臓は一向に治まりそうもなく、重信はひどく混乱するのだった。
 恵太が、いつも以上に静かになった重信の異変に気づき、
「ハギ??」
と、声を掛けた。
 恵太の隣でその彼女美雪が、きょとんとした顔で身長百八十五センチもある重信の顔を見上げている。
「さっきのやつ、一年?」
気付けば、いつの間にか恵太にそう問いかけてしまっていた。
「ああ、アオイのこと? アオイは2年だよ」
 恵太から聞いた衝撃の事実に、重信はひどく驚いた。まさか、同じ学年にさっきの彼がいたなんて。
「恵太仲いいの?」
 なぜ重信がこんなことを尋ねるのか、きっと恵太は不思議に思っているだろう。
「アオイは俺と同じクラスだから……」
 美雪と恵太は互いに顔を見合わせて首を傾げている。今まで、他人にあまり自分から興味を示すことの無かった重信だったから、こうして見ず知らずの人物について訊ねるなんて、滅多に無いことだった。
「へえ、そうなの」
 もう、とっくに小柄な彼の姿はそこにはなかったが、彼が歩いていった方向を見つめながら、ぼんやりと重信は曖昧な返事をしたのだった。