それにしても、試合会場には驚かされたものだ。人工的に組み立てられたいくつものセクションは、コンクリートの塊や岩などでうまく山の斜面やデコボコ道を再現されていていた。
 そして更に驚くべきことに、そんな歩行さえも困難であろうコースを、参加選手達は制限時間内に自転車のみで登り下りしていくのだ。
 そもそも、重信もバイクトライアルのことは全くと言っていい程知らなかったが、アオイが甲斐甲斐しく、ルールや基本的なトライアル技術について教えてくれていた。
 セクションは、約十個から十四個用意され、一つのセクションにつき、通過の為の制限時間は二分と、かなり厳しい設定となっている。
 更に、足を地面についたり制限時間を過ぎた場合には減点が加えられ、最終的に減点数をできるだけ少なく、各セクションを走破できた者の勝ちというルールだ。
 今回のこの予選大会では、予選ということもあり、セクション数は十個とやや少なめで、アオイの出番はその中の三組目だった。

「あっ、アオイちゃんだ」
 美雪の興奮気味な声につられて、重信もコースのスタート地点に視線を走らせる。青と白の風をイメージしたヘルメットにあの小柄は、まさしくアオイ本人に違いない。
 さっきまでとは打って変わり、いつになく真剣な表情で自転車のハンドルを握ったまま、集中を高めている様子だ。
(あいつ、あんな顔できんのか……)
 重信は、初めて見たアオイの勝負顔に、少々驚いていた。いつもは明くバカ元気な雰囲気を漂わせているアオイからは、想像もできない位の貴重な姿だったからだ。
 けれど、じっと座ったまま、黙ってアオイを見つめる重信の様子を、横目で観察する人物がいたことに、重信は気付かないでいた。

「アオイって格好いいでしょ」
 ふいにすぐ脇からかけられた言葉にぎょっとして、重信は振り返る。
「けど、あなたなんかにアオイはあげないから」
 永遠子の鋭い目が、じっと重信を捉えて離さない。
 美雪と恵太はといえば、同時に行われている別セクションの選手の競技に気をとられている
ようで、まるで永遠子の発した言葉には気付いていない様子だ。
 重信はゴクリと唾を飲み込んだ。
「えっと……?」
 一瞬聞き間違いでもしたかと思い、返答に困っていると、
「惚けないでよ。あなた、アオイのこと好きなんでしょ?!」
と、永遠子が信じられないくらい低い声で詰め寄ってきた。
 目を丸くして、重信は永遠子の切れ長の瞳をじっと見つめ返した。なぜ自分がアオイが好きなことを知られたのか、そして、誰にもあかしていないゲイだという秘密さえ、どうしてこの少女にはバレてしまったのか……。極力目立つ行動は避けてきた筈だったのだが。

「いや、アオイとはダチだから……」
「嘘よ。アオイが好きなくせに! あなた、一体アオイの何なの?!」
 取り敢えず、ゲイだということもアオイが好きだということも、本人の耳に入れる訳にはいかなかったので、否定してみた重信だったが、間髪置かずに永遠子の鋭い切り返しを突き付けられた。
 どうやってこの危機を乗り切ろうかと頭を悩ませる重信に、有り難いタイミングでアオイの競技がスタートする。
「アオイちゃん頑張れー!!」
「アオイ、行けーっ」
メガホンを片手に、美雪と恵太が大声でアオイに声援を送る。
 そのおかげで、一旦永遠子とのやり取りはそこで中断されることとなった。
 少しだけほっとしながらも、決していい状況とは言えない重信は、内心ヒヤヒヤし通しだ。唯一の救いは、美雪と恵太が、今の会話を聞いていなかったことくらいだ。

 一方、アオイの方は好調なスタートを切っていた。いきなり五十センチ大の大きな岩の段差が出てきたが、難なく前輪から乗り上げ、後輪も余裕を持って跳び越えてしまう。まるで自転車がアオイの身体の一部にでもなったような動きだ。