という訳で、放課後、重信たち三人は、予めアオイから聞いていた場所にやって来ていた。恵太の手には手書きの地図。
「ここだよなー?」
 ここは隣町にあるミズキスポーツというスポーツクラブで、設立者はかの有名な元自転車レーサーだった人物だとか。ここでは、主に自転車競技を主とした練習場所が多く設けられている、とアオイから聞いていた。
 敷地内に入ると、すぐに台や急な坂などの設置されたグラウンドが目に入ってきた。そこでは、マウンテンバイクに跨った人や、スケートボードに乗った人達が各々に練習を繰り返しているようだ。若者が多いが、中には小さな子どもたくさん混じっている。
 初めて目にする光景に、三人は思わず足を止めて見入っていた。

「見学の子たち?」
 ふいに誰かが三人に声をかけてきた。
「いえ、友だちの練習を見に来ただけです」
 重信は女性を振り返り、落ち着いた口調でそう答える。
「友達の名前は?」
「塚本アオイです」
 アオイの名を口にした途端、女性の顔が綻んだ。女性の服装からすると、ここのクラブのメンバーの一人らしい。
「アオイちゃんか! アオイちゃんは今日は室内練習だったと思うよ」
 女性は少し離れた所に位置する体育館らしき建物を指差した。

「どうも」
 三人が頭を下げ、そこへ向かおうとしたとき、女性が、
「アオイちゃんはうちのクラブチームのエースだよ。エースの技をしっかり見てきてね」
と、親指を立てた。
 恵太と美雪が顔を見合わせて感心している。その傍ら、重信は知りえた情報に少しばかり驚いていた。
(アオイがエース!?)
 学校にいるときは、いつも何かを馬鹿食いしているアオイの姿ばかり見ていたが、実はアオイは物凄い特技を持つ人物だったらしい。ひょっとしたらアオイの勇士が見られるかもしれない、という淡い期待に胸を高鳴らせた。それは、明らかに友たち以上の想いからくる感情に他
ならない。

 三人が建物の中に入ると、中はだだっ広い体育館のような構造になっていた。天井は高く、クォーターパイプ型のミニコースまで設置されており、何人もの選手がマウンテンバイクに跨がり、練習に取り組んでいる。コースの中で技の練習を繰り返す人の傍らには、同じクラブチームのメンバーらしき人達が、ああだ、こうだと技に対する意見を出したりして、互いにアドバイスし合っている。
 その他にも、床面でストレッチをする人や、床に置かれたミニコーンを後輪のみで見事に避けながら走行する人。体育館の隅で愛車の車輪を点検する人。そのどれもが重信達にとって初
めて見る光景だった。三人とも、圧倒されて思わず息を飲んだ。

「あっ、あれアオイじゃないか?」
 恵太が重信の腕を揺すり、体育館の奥の辺りを指した。
 ここからだと、少し距離があったが、重信からもアオイらしき人物が見てとれた。
 アオイの方は、まだ三人の存在に気付いてはいないようだ。愛車と思われるマウンテンバイクのタイヤを手で触って確かめながら、近くにいる同じクラブチームの仲間と、何やら話している様子。
 が、ちょうどハーフパイプで技の調整をしていた選手が、失敗して転倒し、ハーフパイプから下りた為、アオイの順番が回ってきたらしい。
「あ、アオイがコースに入ってく」
 恵太が期待を込めた声でぽそっと呟く。
 白と青のヘルメットをかぶったアオイが、流れるような動きでマウンテンバイクに跨がり、立ち上がったままゆっくりとコースの上りに向けてペダルを漕ぎ始めた。
 少しずつ勢いをつけて漕ぐごとに、アオイのマウンテンバイクは、ハーフパイプの急な上り坂をぐんと駆け上がってゆく。が、まだ十分な勢いをつけるのに距離が足りなかった為、今度は前を向いたまま、逆方向に滑り下り、再び強くペダルを漕いだ。すると、さっきよりも大きく上り坂を進んだ。
 この動きをあと一、二回繰り返すと、とうとうアオイのマウンテンバイクは、坂道を飛び上がり、ハーフパイプの端っこまで前輪が到達した。
「うわっ、よくあんなので怖くないなー」
 感心したように恵太が肩を竦めるそうこうするうちに、アオイのマウンテンバイクはとうとう後輪まで端っこにつく程の高さまで勢いづいてきた。
 すると、ブンッとアオイの身体は宙に浮かび上がり、マウンテンバイクごと一回転して、そのまま前輪のみで着地。そして今度は急勾配を風のように滑り下りてゆく。
「!!!!」
 重信は、アオイの驚異的とも言えるトライアル技術に感嘆していた。
 アオイのマウンテンバイクは、見事に空中でターンを繰り返し、躍るように跳ね回っている。