マスクを装着し、フードを深く被ってはいるが、あの大柄は重信に違いなかった。
 アオイはにっこりと笑い、重信に手を振る。赤と青の風を模した模様の入ったヘルメットは既に着用され、準備万端のようだ。
 重信は右手を挙げ、合図を遅る。本当なら、近くへ行って、「頑張れよ」と声を掛けたかったが、ここはぐっと我慢した。
 重信の姿を見つけ安心したのか、アオイは自分の愛車の元へと向かった。アオイの背中をポンと叩く人物。あの見覚えのある黒いウェアーの選手は、アオイの兄、塚本 圭司(つかもと けいし)に違いなかった。
「アオイの目標の人だもんな、そりゃ格好いいよなー……」
 誰に言うでもなく、重信は一人呟いた。
 
 アオイの競技が間もなく開始される。会場に流れるクリスマスの音楽を聴きながら、重信はぐったりともたれ掛かるようにして、傍のコンクリート壁の前に座り込んだ。
 軽やかなアオイのバイクテクニック。その華麗な姿を見つめながら、重信はぼんやりと霞み始めた目を擦った。
 ぐらぐらと回り始める空。アオイの姿が二重にも三重にも見え始める。
(最後まで観なきゃなんないのに……)
 意思とは反対に、重信の意識は遠のいていった。