─────ドンドンドンドン!

「立川先生~。いらっしゃいますか~。変態教師立川先生~。」
「鬱陶しいな転校生!開いてるよ!」
「うわっ……!ひどい散らかり様!」
 
 ちょっとした応接間のようなソファとテーブルが備え付けられた社会科教室は立川が持ち込んだのであろう資料が教壇上まで山積みだ。立川は壁際の本棚を雑巾で拭いた後から次々、本やファイルを乱雑に詰め込んでいく。

「始業式直後に転任は忙しすぎんだよ、晃、ちょっと手伝え!」
「貴様…、謀ったな!」
「早く終わらせて帰ろうぜ、アメリが熱燗入れて待ってるよ~。」
「家で酒盛りか!随分まるくなったな!」
「まぁそう焦るな、週末はナースと合コンだ。羨ましいか。」

 立川は女の話になると中学教員という職業を忘れがちになる。25歳の新米教師が合コン三昧、俺への個人レッスンは八割セフレの自慢話。またその登場人物が熟女からティーンズまで幅広い。高校教員だったら今頃女子高生を入れ食いにしていることだろう。そのうち中学生にまで手を出しかねない変態野郎だ。
 
「それで?童貞主君様は調子どう?引っ越してきてから死者はでましたか?」
「それがここんとこ毎日なんだ。大した剣者ではないが、もう寝不足が限界。」
「毎日……?異常なペースだな。」
「一晩一躰には変わりないが、こうも続くと身体がもたん。」

 お陰でお気に入りの育成エロゲーが滞ってる。このままじゃ画面越しの彼女にフラれるぞ。

「元々不眠症なんだから大丈夫だろ。俺も雅宗も身体鈍ってるからな~、たまには侍従に斬らせたら?」
「じゃ、今日よろしく。」
「今日はポン酒浸けだから無理!」
「紛いなりにも貴様は俺の側近だろうが!」
「紛いなりどころか、現在は先生と生徒の間柄。貴方様の言いなりにはなりませーん。」
「いやお前、前世でも結構な役立たずだったぞ!OLなら即クビだ!」
「OLか……久しぶりに、いいな。」
「立川先生~、変態性域から戻ってきてください~。」

 馬鹿は死んでもなおらない。生まれ変わってもふざけた性格は変わらないのだから、これはあながち間違いではない。また魂と魂の繋がりというやつだろうか、側近の侍従であり唯一無二の親友であったこの男とは年の差は関係なく覚醒前から馬があった。一度話し始めると第三者が止めない限り中身のない下らない掛け合いが延々と続いてしまう。

「ボタンは…どうしたってみつからないのか……?」
「何を今更、諦めたのはもう何年も前の話ですよ。」
「もう一度、探さないか?」
「愚問だな、俺にはそんな体力も精神力も残っていない。」

 触れられたくないところを引っ掻くと、敬語とタメ口を交互にごまかす。
 愛した女のいない世界。
 もしも今世にゆかりが存在しなかったら、俺には立っていることすら難しく、生きる目的を見失うだろう。それこそ彼女の温もりを求めて女と繋がり、一方で諦めようと足掻くのかもしれない。その先には途方もない悲哀と罪悪しか生まれないのに。







「────にしてもだな、ひどかったぜぇ?晃様のご執心っぷり!あれじゃあ、百年の恋も冷めるっつーの。」
「煩いなぁ!塵れ!」

 閉店後のカフェテラスで立川の歓迎会が始まって早二時間。予告通り酒浸しの立川はカウンターでスルメをしがみながら俺に絡みっぱなしだ。カウンターの向こうでクレープの仕込みを始めたアメリは眉間に皺を寄せ始めた。

「いや俺もさ、まさか初日に連れ込んでくるとは思ってなかった。晃のだらしない顔と、ゆかり様の怯えた表情のギャップ?温度差?あれは笑ったわ。」
「何?もう部屋に入れたの?凄いな、さすが童貞!焦ってんな!」
「アメリ~、助けてぇ~。」

 さらに酒に酔った雅宗が加わると俺は容赦なく弄られ、アメリはどんどん怒り肩になっていく。後三回舌打ちしたら雷が落ちるだろう。

「ゆかり様~、可愛いかったなぁ~、期待裏切らないよな~。」
「やらしい目でゆかりを見るな!汚れるだろ!」
「アメリ、もう一本!」

『チッ』

「それより祐輔、お前部屋片付いたの?引っ越しも昨日だったろ。」
「ダンボールのベッドだな、ありゃ。帰る気しない。晃の部屋でいいから今日泊まってっていい?」
「俺に承諾を得ろよ!断固としてノン!」
「い~じゃん、一緒に寝よ?アメリ~、ビールまだあったっけ?」

『チッ』

「俺がお前を男にしてやるからさぁ……」
───────ヴー、ヴー。
 立川の携帯電話に着信だ。女に一票。
「───はぁ~い、エリちゃん?呑んでるよ~……引っ越し?全っ然片付いてな~い……手伝ってくれるの?嬉しい~!じゃあ、10時に駅前で───」

 ガチだ。エリちゃんの名前初めて聞いたぞ。切り替え早いな!そして立川に迫り寄るブロンドの影。

「祐輔~?誰と話してんのよ、今日は私の家に泊まるんでしょ~?」
「わっ…!バカ、アメリ…!」

 立川の携帯電話が放り投げられた瞬間。三度目の舌打ち。

『チッ』

「わわっ…!ふぎゃ─────!!」

 床スレスレで携帯電話をキャッチした立川の後頭部にフライパンが振り落とされた。そのまま床にめり込む立川。その尻へ合掌する雅宗。

「いい加減にしろ…!万年発情教師が!」

 碧眼を光らせ捨て台詞を吐くアメリ。カウンターの奥へ戻る際、「今月分の酒代終りましたから。」の一言に雅宗が合掌スタイルのまま彫像と化した。どんなに亭主関白を装っていても所詮、財布を握られた男。憐れな大人達を見下ろしていると、闇風に素足を撫でられた。

「───────死者だ。」

 一気に緊張感が走る。だが照明の灯りが闇に隠れることもなく、黒霧が床を浸す様子もない。死者の気配だけが遠くで留まり不動のまま…────────

「晃様……?」
「まさか……─────ゆかり…!」

「おい…!晃!」

 大人達の必死の呼び掛けに応えず、ただ一人月夜の闇を駆け抜けた。