翌週の月曜日。昼休みの社会科教室。
 小さな鞣し革の巾着袋から蒼い石を取り出し立川の手のひらへ置いた。

「間違いないよ、蘭昌石だ。そうだな……この石が弱い磁石だとするだろ?忌み子の体内には電流が流れていて、石に触れると磁力が強まる。磁石が砂場から砂鉄を集める要領でこの石が暗闇から闇を引き寄せるんだ。集めた砂鉄から武器を創る。」
「湯浅くんは、目印になるって言ってました。」
「俺は忌み子じゃないからよくわからないけど、石と忌み子の間に作られる強力な磁場に死者が誘われるらしい。持っていれば死者に狙われ、持っていなければ武器は創れない。御守りというよりは、忌み子を呪縛する魔具だな。」
「呪縛……。」
「まぁ今は従者がいるんだ、持っていて損はないよ。それより早くみんなの所へ戻ったら?いきなり居なくなると心配するぞ。」
「あの、先生。私……暫くここでお昼食べちゃ駄目ですか?」
「俺は別にいいけどさ……栗林や坂城が不安がるぞ。せっかくできた友達なんだ、大切にしろよ。」
「………はい。」

 先生、私とんだ自惚れ屋さんだったんです。こんな捻れきった性悪女に友達?忌み子の晃にすら嫌われる女に友達が出来るわけがない。
 慶子からこの石をもらったその日に、私は死者に襲われた。今思い起こせば、あの日帰りに感じた眠気は異常だった。覚醒睡眠は始まっていない、極度の疲労からでもない、例えば効き目の強い風邪薬を飲んだ時に感じる眠気。カフェインを含むコーヒーを飲んで?あのコーヒー…睡眠薬が入っていた可能性はないだろうか。忌み子の目印。強い眠気。私を死者に襲わせようと企む他者がいるとすれば一人しかいない。
 そうだ、友達いない歴14年の私にいきなり呼び捨てで呼びあえる親しい友達が1ヶ月そこらで出来るわけがない。故意に近付いているのだとしたら?何か目的を持って─────────

「ゆかり、ひどいよ。図書室でみんな待ってたのに。」

 社会科教室前の廊下で立ち塞がる黒髪の少女。その横を心底怯えた様子で一人の女子生徒が通りすぎていった。
 始業式に事故で腕を骨折した同じクラスの高橋梢。晃と同じくゴールデンウィーク明けから再登校を始めたが、自分で転んだ割には随分と慶子を畏怖している。
 黒染めの死瞳。クラスメイトの負傷。蘭昌石。未だ止まらない援助交際の噂。慶子への疑いは毒素のように拡がっていく。

「ごめんなさい。」

 逆走する廊下。始業式のあの日のように、私には逃げることしかできなかった。