『ピッ』

「ふん。焦ってろ、ばーか。」
「坂城くん?電車来るよ。」
「はいはーい!ゆかりちゃん、今日の服装可愛いね♪」

 最寄り駅から5つ目の駅に隣接するショッピングモールの中に、大きなシネマコンプレックスが併設されている。目的地まで20分もかからないから、予約した時間には余裕をもって到着できそうだ。

「慶子のチュニックも今年っぽくて可愛いよ。今日来れてよかったね!」
「チビ達がまだ観てないの~?って急かすんだもの!それに二人きりだなんて、坂城くん何しでかすかわかんないし!」
「俺の信用度ゼロ!」

 ジャンプ掲載中の大人気漫画が初劇場版となって上映が始まり一週間。友達と初めて行く映画館、しかも大好きな漫画のアニメだなんてもう、気分がアゲアゲのゆかり様。
 保育園の手伝いで棄権していた慶子が急遽隣に並び、暖かい5月晴れの中胸を踊らせ電車を降りる。
 ゴールデンウィークの映画館は想像以上の混雑だったが肝心の映画は前評判通り底抜けに面白く、坂城くんと二人スキップでグッズ売り場へ並び慶子にどん引かれた。
 慣れない人混みに酔った私を気遣った結果、早々に近場のファーストフード店へと入り一時間。映画の感想発表会の後、内容のない下らない長話が延々と続いている。幸せすぎてほっぺが緩み落ちそうです。

「そういやゆかりちゃん、今日のこと晃に言った?着信が20件も入ってるんだけど。」
「今朝着替え持っていった時に言ったよ?」
「着替え……?ゆかりちゃんが…?」
「あ、ほ、ほら!カフェの開店準備手伝ってて!出掛けついでにね!」
「ふぅーん…怪しい~。」

 柏木カフェに居候していることは、二人にはまだ話していない。パティシエ見習いとしてお手伝いしているのだと、苦し紛れの言い訳はそろそろ限界に近い。

「通い妻にしか見えないんだけど……ゆかり、本当に湯浅くんのこと好きじゃないの?」
「友達、友達!……湯浅くんは、友達すら迷惑みたいだけどね。」
「は、はぁ……!?ありゃ誰がどう見たって…………いや、何でもない。晃、ハンデだと思え。」

 坂城くんがごにょごにょと何か呟きながら手前のポテトを平らげた。
 晃は相変わらず私を遠ざけている。私は少しでも距離を縮めたいから明るく振る舞う努力はしているが、努力は反比例し、晃の顔は余計に嫌悪感露になっていく。
 
「……恋愛対象には見ないって、はっきり言えば友達らしく接してくれるかな。」
「何──────?それ、愉快!面白い!ゆかり、今すぐ電話して言っちゃえ!坂城くん、携帯貸して!」
「いや…────さすがにそれは晃が……傑作だな、うん。かけよう。」
「いきなり不自然でしょ!」

 ただ「楽しそう」な顔がみたいだけなのに。どうしたら晃は笑ってくれるのだろう。迷走する私に慶子がとびきり「楽しそう」な計画を練りだした。

「ねぇ、サプライズに退院祝いのパーティーでも催したら?湯浅くん家広いんでしょ?私も手伝うよ!クラッカー準備してさ、ケーキ焼いて!」
「いいね、それ!晃んち見たいし、絶対喜ぶぜあいつ!」
「そ、そうかなぁ……!」

 と、友達とパーリィータイム?
 なにその極楽浄土!
 ゆかり様、のりました!やります、やります!

(坂城くんもいるし……きっと笑ってくれる。)

 映画館の帰り道、心と身体をワクワク弾ませながら二段跳びで高台へと続く階段を上りきったのだった。