「どれどれ?」

そう言って手元に広げた教科書を覗き込んでくる香弥さん。

ふわふわした前髪が僕の黒髪と交わる。


顔、近い!!


なんて慌てるのは僕だけだ。

香弥さんは真剣に教科書を見つめている。




バクバク、バクバク。

香弥さんにも聞こえるんじゃないかっていうくらい、うるさく鳴るのは僕の心臓。


香弥さんに気持ちがバレてしまう。


「あ、あの。香弥さん!!」


「うん? あ、そっか。

忘れててごめんね、学校から帰宅して早々こっちに来たんだよね、喉が渇いたでしょう?

ジュース持ってくるね。

オレンジでよかったよね?」



「え? あ、はい……」


顔が近いからどうしようかと思って声をかけたのに、香弥さんは飲み物の注文だと勘違いして部屋を出て行った。


静かにドアが閉まる。





とりあえず、ほっ……だ。




これで少し息を抜いて、バクバクうるさい心臓をなんとか静めよう。


そう思ってテーブルから腰を上げて進んだ先は、やっぱりチョコレートの山になっている香弥さんの机の上――。


可愛いハートマークやクマの包装紙に包まれたチョコレートたち。




僕が香弥さんに渡そうとしている、ただ茶色いだけの簡素な包装紙で包んだチョコレートとはワケが違う。

それはまるで、香弥さんに対する僕の気持ちは薄っぺらいものだと告げているようだ。




そうしたら、ドキドキからズキズキに変わる。

山積みになっているチョコレートを見つめていた視界が歪みはじめた……。



「お待たせ~、オレンジジュース持ってきたよ?」


明るい声と一緒にガチャリとドアを開けて入ってくる香弥さん。


僕は慌てて肘で乱暴に目を拭って、滲む世界をなくさせた。


「可愛いチョコレートですね」


何を言っているんだろう。



褒めたくもない恋敵のチョコレートを褒めるなんてさ……。


そう思うのに、態度は想いと裏腹で、チョコレートに視線を向けてしまう。



いくら涙を抑えたとしても、ズキズキはやっぱり治まらない。


それどころか、余計に惨めになってきた……。


くしゃりと歪みそうになる顔を、必死になって笑顔にしようとする滑稽(こっけい)な僕――……。



「あ……それ?」


香弥さんはそう言うと、手にしていたグラスふたつを机に置いて、代わりに綺麗に包まれているチョコレートをひとつ、取り出した。



「はい、どうぞ」


泣きそうになっている僕に差し出してきた。