そこにいたのは――
「馬鹿野郎!!」
男子の声だった。幻聴だろうか?
「お前ら、全然浜辺に
近づけてないんだよ!!」
怒った声が響く。
訳が分からず、たくましい腕が、
泳いでいる私の補助をしてくれる。
「でもあんた……」
そう言いかけて、やめた。
今は3人で無事浜辺に着く事が一番だ。
「足、つくぞ」
男子に言われる通り下に足を伸ばすと、
普通に立てるくらいの所まで
やってきていた。
(ああ、助かったんだ)
やがて子どもも足がつくようになり、
自分で歩ける所まで来ると
母に勢いよく抱きついた。
「お母さん、ごめんなさい、
ごめんなさい!怖かったよぉぉ」
子どもは泣き叫んでいた。
お母さんも同じように泣いていた。
「良かったな、助かって」
健太郎は震える声で言った。
それは安堵で震えているのではない。
どうして彼は助けに来たのだろう。
……ああ。なんとなく察した気がする。
間も無くして、喝采が起こった。
皆が私たちを、よくやったと
褒めてくれているのだ。
しばらく喝采がやむことはなかった。
鳴り響く喝采の中、母は私に言った。
「本当にありがとう、ありがとう!!
なんとお礼したらいいのか……!
是非、あなたたちの名前と
学校を教えて頂戴!」
私だけ、反射的に答えてしまった。
「そう、卯月希美さん……。
本当にありがとう。
貴女の勇気に心から感謝するわ!!
このご恩は一生忘れません!
貴方もありがとう!」
母は健太郎にもお礼を言った。
そして母は、子どもを叱る事なく、
大事そうに頭を撫でると。
「ケンタロウ、貴方も、
ありがとうって言うのよ」
(えっ……)
子どもは私たちに、お辞儀をした。
「ありがとう!お姉ちゃんとお兄ちゃん、
凄くかっこ良かったよ!」
私と健太郎も笑顔になった。
命がけで助けて、良かったと思う。
このあと、救急車が駆け付けて、
母は大丈夫ですと言ったのだけれど、
念のためと救急隊員に言われ、
無理矢理病院につれていかれた。

