悪い、先に泳いでてくれと
健太郎は、先に2人を海に行かせた。
私がまだ落ち着いていないので、
健太郎は更衣室の外で、
私を抱き締めてくれている。
「……ごめんね、健太郎。
折角楽しい日になるはずだったのに」
さっきよりは大分落ち着きを取り戻して、
普通に喋られるようになった。
「なんで希美が謝るんだよ。
謝んなきゃいけない事なんてないだろ」
健太郎は私を抱き締めたまま、
優しい声で耳元に囁いた。
私がいつも聞くと安心する声。
いつか健太郎に彼女が出来たら、
もう抱き締めてはくれないのかな。
「お前に彼氏が出来たら、さ」
不意に、健太郎が話し始める。
「俺、もうお前を抱き締めちゃ
いけなくなるのかな」
切なげな声だった。
私も同じ事を考えていた。
でも、付き合わずして
抱き締め合うなんて、ずるい話だと思う。
それに、それぞれを愛してくれる人を、
きっと傷つけることにもなるだろう。
「俺、希美が好きだ」
突然耳元で囁かれた言葉。
一瞬、自分の耳を疑った。
でも健太郎は同じ事をまた言った。
「好きだ、ずっと前から」
もしかして、夢?
健太郎は夢じゃないよと
言わんばかりに、
更に私を強く抱き締めた。
(苦しい……)
きっと、これは夢ではない。
「ずっと前から思ってた。
これからも死ぬまで、
望美の事守れたらいいのにって。
抱き締められるのも、
俺だけでありたいって。
お前は知らないかも知れないけど、
俺はお前の知らないところで
気持ち悪いくらい嫉妬してきたよ。
他の男友達とかさ。
社交辞令であってほしいって。
俺の宝に手を出すなって。
こいつを守れるのは俺だけなんだ。
幼い頃から望美の事を想って
大事に守り続けてきたのは
たった1人、俺だけなんだって。
引いた?でもごめん。これが、
ずっと俺の隠してた本心なんだ」
彼の気持ちに応えてしまいそうになった。
だけどダメだ。ここでイエスと答えたら、
今の関係には永遠に戻れなくなる。
とりあえず、返事は先延ばしにしよう。
「……しばらく、考えさせてくれる?」
健太郎はその言葉を聞くと、
分かった、と答えて身を離した。