狭い部屋だと言うのにご丁寧にうるさく鳴る黒電話で2人が起きてしまわないうちに、受話器をとった。


 どうせこれに掛けてくる相手なんて知れている。
 連絡がつかないと困るというジュリナに買わされたものだ。


「はい」


 クレドは愛想もくそもない平坦な声音でお情け程度の一言を落とす。



「おはよう、クレド。朝から絶好調な愛想だね」


 右耳にダイレクトに伝わってきたのは、朝からウザったいくらい無駄に爽やかな男・トーマの声だった。

 嫌味を吐かれたことなど気にはしない。むしろこの嫌味こそが彼等なりの挨拶なのである。
 ここへ来てからというもの、この鬱陶しい嫌味を何度聞かされたことか。


「……朝からなんだ、切るぞ」


「やだなぁ、そんなに邪険にしないでよ。朝イチに俺の声が聞けて幸せでしょ?」


「切るぞ」


「はいはいダーメ。俺が意味もなく電話なんてするわけないじゃない」


 呆れたように言うトーマだが、何度も何度も犯された、無意味な数々の悪戯電話を、クレドは忘れていない。

 むしろこの男からは普通の電話の方が圧倒的に少ない。


「何のようだ」


「いやー、それがさあ、今日から暫く遠出することになっちゃってさ」


「へえ」


「うーん。急で申し訳ないんだけど、うちでキリエちゃん預かれないんだよねえ。その代わりと言っちゃあ何だけど、シャルレにクレドの家に向かうように言ったからさ」



 随分唐突な言葉にクレドは「は?」と返すが、トーマは相変わらずマイペースを崩さず「ほんとゴメンねー」と、心のこもっていない謝罪をすると一方的に通話を切った。


 マイペースすぎるトーマにイラッと腹を立たせながらも、クレドは受話器をもとに戻し、あの能天気な笑顔を思い出し舌打ちをした。