――そして彼は夢を見た。
優しい場所、優しい時間、まだ周囲に護られていただけの二人の記憶。
クレドは夢を見ながらも、これが夢であると自覚はあったし、大分昔にあった実際のことだとわかった。
確かこの時も、今の二人のように、向かい合わせで眠っていた夜だった。
ただ一つ違ったのはキリエが涙で顔をぐじゃぐじゃに濡らしていたことだ。
『ひっく……ぅ、ぅ』
『キリエ、泣かないで。先生たちにぬけだしたのがバレるよ』
それを慰めるのは当然ながらクレドで、困り果てたように泣きそうな顔をして、小さな頭を撫でたりして必死に宥めている。
『っなんで、キリエには、ぇっく……ママとパパ、いないのぉ……?』
水面のようにゆらゆら揺れる翡翠の瞳からは、ポロポロと、まるでガラス玉がこぼれ落ちているように見える。
まだ幼かったクレドにとっても、それは厳しい質問で、頭を撫でる手がピタリと止まってしまった。
そう、この日、キリエと仲が良かった少女が、実の親に引き取られたのだ。
血の繋がった父と母に引き取られることは、かなりの低確率だった。
だいたいの子ども達は、親による虐待や、身勝手に捨てられた者が多くを占めていた。
キリエとクレドはその捨てられた子どもだった。
しかし引き取られた少女の家は資金に余裕がなく、少女を満足に育てられなかったのが理由であった。
ならば資金の余裕ができれば迎えが来るのが当然だったのだ。
ママ、パパ、と戸惑いながらも家族に会えた嬉しさを滲ませ駆けていく少女を見て、キリエは悲しくなったのだろう。
『キリエもママとパパほしいっ』
『泣かないで……』
泣く泣くキリエを宥めていると、次はクレドまで涙が溢れそうになり、ゴシッと目元を拭う。
『クレド……クレドも、ママとパパ、ほしいよね?』
そうだよね、と問われ、クレドは正直に小さく頷く。
それを見たキリエはむくりと起き上がった。
『キリエ…?』
キリエは涙で濡れた顔をパジャマの袖でゴシゴシと拭い、震える声で告げた。
『…じゃあ、いまからさがしにいこうよ…キリエたちのママとパパ』
あまりにも急な提案にクレドは目を見開き、即座に園長先生たちにバレた時のことを思い巡らせた。
外はもう夜だ。園長先生たちすらももう寝入っているような時間で、きっと二人が上手くやれば抜け出せる。
しかしいずれ必ずバレることも、クレドにはわかっていた。
バレたら怒られる。
幼い自分たちの身の危険よりも、クレドはまず一番最初にそれを思った。
クレドはキリエの手首を掴み、ギュッと握る。
『……ダメだよ。先生たちがしんぱいするよ。ね? もう寝よう』
クレドには外へ駆け出す勇気も意気地もない。
両親には会ってみたい。
けれども拒絶されたら?
自分を捨てた両親が、自分を歓迎するわけがないのだ。
クレドは幼いながらにそれらを悟っていた。
しかしキリエはいつもクレドとは正反対の意見や感覚を持っていた。
反対されたことが悲しくて、また泣き出しそうになったキリエだが、ふいとクレドに背を向けた。
『……じゃあいい。キリエはひとりでも、いくから』
思い切り振り払われた手。
キリエは布団から出てすぐ傍に置いてあったウサギの人形を腕に抱いて立ち上がった。
『ひとりで?』
キリエはこの部屋に眠る少年達の間を縫うように歩き、玄関にある自分のブーツを持った。
そしてまたクレドの方に向かって歩き、クレドの前を通り過ぎた。
『ま、待って……キリエダメだってば』
キリエはそこら辺のハンガーに掛けてあった他人のマフラーや手袋、上着を拝借する。
窓から出るつもりか、うんと背伸びをして鍵を開けようとしている。
しかし小柄なキリエには届かない位置にそれがあるのだ。
ホッとしたクレドを余所に、拗ねたように頬を膨らませたキリエが簡易組立椅子を運んできて、それによじ登った。
本気でここから出る気だ。
『待ってキリエっ』
クレドは慌てて布団から飛び出し、キリエの腕を掴んだ。
優しい場所、優しい時間、まだ周囲に護られていただけの二人の記憶。
クレドは夢を見ながらも、これが夢であると自覚はあったし、大分昔にあった実際のことだとわかった。
確かこの時も、今の二人のように、向かい合わせで眠っていた夜だった。
ただ一つ違ったのはキリエが涙で顔をぐじゃぐじゃに濡らしていたことだ。
『ひっく……ぅ、ぅ』
『キリエ、泣かないで。先生たちにぬけだしたのがバレるよ』
それを慰めるのは当然ながらクレドで、困り果てたように泣きそうな顔をして、小さな頭を撫でたりして必死に宥めている。
『っなんで、キリエには、ぇっく……ママとパパ、いないのぉ……?』
水面のようにゆらゆら揺れる翡翠の瞳からは、ポロポロと、まるでガラス玉がこぼれ落ちているように見える。
まだ幼かったクレドにとっても、それは厳しい質問で、頭を撫でる手がピタリと止まってしまった。
そう、この日、キリエと仲が良かった少女が、実の親に引き取られたのだ。
血の繋がった父と母に引き取られることは、かなりの低確率だった。
だいたいの子ども達は、親による虐待や、身勝手に捨てられた者が多くを占めていた。
キリエとクレドはその捨てられた子どもだった。
しかし引き取られた少女の家は資金に余裕がなく、少女を満足に育てられなかったのが理由であった。
ならば資金の余裕ができれば迎えが来るのが当然だったのだ。
ママ、パパ、と戸惑いながらも家族に会えた嬉しさを滲ませ駆けていく少女を見て、キリエは悲しくなったのだろう。
『キリエもママとパパほしいっ』
『泣かないで……』
泣く泣くキリエを宥めていると、次はクレドまで涙が溢れそうになり、ゴシッと目元を拭う。
『クレド……クレドも、ママとパパ、ほしいよね?』
そうだよね、と問われ、クレドは正直に小さく頷く。
それを見たキリエはむくりと起き上がった。
『キリエ…?』
キリエは涙で濡れた顔をパジャマの袖でゴシゴシと拭い、震える声で告げた。
『…じゃあ、いまからさがしにいこうよ…キリエたちのママとパパ』
あまりにも急な提案にクレドは目を見開き、即座に園長先生たちにバレた時のことを思い巡らせた。
外はもう夜だ。園長先生たちすらももう寝入っているような時間で、きっと二人が上手くやれば抜け出せる。
しかしいずれ必ずバレることも、クレドにはわかっていた。
バレたら怒られる。
幼い自分たちの身の危険よりも、クレドはまず一番最初にそれを思った。
クレドはキリエの手首を掴み、ギュッと握る。
『……ダメだよ。先生たちがしんぱいするよ。ね? もう寝よう』
クレドには外へ駆け出す勇気も意気地もない。
両親には会ってみたい。
けれども拒絶されたら?
自分を捨てた両親が、自分を歓迎するわけがないのだ。
クレドは幼いながらにそれらを悟っていた。
しかしキリエはいつもクレドとは正反対の意見や感覚を持っていた。
反対されたことが悲しくて、また泣き出しそうになったキリエだが、ふいとクレドに背を向けた。
『……じゃあいい。キリエはひとりでも、いくから』
思い切り振り払われた手。
キリエは布団から出てすぐ傍に置いてあったウサギの人形を腕に抱いて立ち上がった。
『ひとりで?』
キリエはこの部屋に眠る少年達の間を縫うように歩き、玄関にある自分のブーツを持った。
そしてまたクレドの方に向かって歩き、クレドの前を通り過ぎた。
『ま、待って……キリエダメだってば』
キリエはそこら辺のハンガーに掛けてあった他人のマフラーや手袋、上着を拝借する。
窓から出るつもりか、うんと背伸びをして鍵を開けようとしている。
しかし小柄なキリエには届かない位置にそれがあるのだ。
ホッとしたクレドを余所に、拗ねたように頬を膨らませたキリエが簡易組立椅子を運んできて、それによじ登った。
本気でここから出る気だ。
『待ってキリエっ』
クレドは慌てて布団から飛び出し、キリエの腕を掴んだ。
