瑠哀がこの部屋に飛び込んで来た理由は、朔也も判っていた。

 ここずっと、毎晩、夜八時過ぎになると、必ずと言っていいほど、瑠哀の元に二人の訪問者がやってきた。

 お休み、を言う為に、セシルがユージンを連れて瑠哀の部屋にやって来ていたのだ。

瑠哀になついているユージンは、必ず、夜眠る前に、瑠哀の元に来て、

「お休み」、と言って行くのだ。

 そして、瑠哀が、「また明日ね」とそのユージンに優しく微笑み返す。


 子供ながらに、この屋敷で起こっていることも、母親がずっと怯えていた状況も、

そして、今ある不安と恐怖も、その全てを感じ取っているようだった。

だから、いつもと変わりなく優しい微笑みを浮べ、

どこまでもユージンを優しく包み込んでくれる瑠哀がいて、

その瑠哀の微笑みを見て、ユージンは安心して眠りにつけるようだった。


 それで、明日もまた元気に笑って瑠哀に会えるよう、

そうやってユージンが眠りについていたのだろう。


 まだ小さな子供でありながら、ずっとその恐怖を口に出さず我慢してきた。

 それを判っているから、瑠哀はいつも優しい微笑みでユージンを包んでいた。

 どこまでも優しい、そして、安心できるその微笑みを浮べ、ユージンにお休みのキスをする。


 それなのに、今夜だけはそのユージンが部屋にやってこなかった。

 時間を確認した時点で、八時十五分は過ぎていた。



『ユージン……――』

 絶望的なその響きが、瑠哀の悲痛なほどの辛さを物語っていた。


 部屋を見渡しても、一体、どうやって連れ去られたのか、

 その痕跡一つ見当たらない。


 何か不審な様子とて見当たらない。

 不審な人間にだって、すれ違いはしない。

 この屋敷から出て行くことなど、可能であるはずがないのだ。