「海斗とさ、一緒にいるって決めた時に平凡な生活は捨てたんだ」

たとえ神龍国に一度も訪れたことがなくても

その噂は耳に入っていた

それまで魔族に積極的にかかわる生活をしていなかったしるふにとって、海斗の手を取り、そのそばにいることは、平凡なそれまでの生活を一新することだった

きっと海斗と出会わなければ、あそこで立ち去るその背に声をかけていなければ、きっと無関係でいられた世界

欲望と私利私欲と権力のあまねく世界

だから覚悟はしていた

海斗のそばにいれば、必然的に魔族同士の争いに巻き込まれることは

けれど…

「どうして強さばっかり求めようとするの…」

膝がしらに顎を乗せて、寂しそうな声音でつぶやいた言葉は闇夜に消えていく

どうして

争い、より強い本性を求めるのか

ましてやそれを作り出そうとするのか

「いやなら前の生活に戻ってもいいんだぞ」

小さな背を静かな瞳で見つめる海斗の、抑揚にかけた声が響く

けっしてしるふに泣いていて欲しいわけではない

出来ることなら悲しまずに傷つかずに、小さなことにも笑っていて欲しい

けれどこうしてしるふをそばに置いていては、海斗のその望みは叶わない