あまごい


 「ごめん梓。彩月に何もしないから、席、外してくれない?」

 言葉に強さはなかった。あるのはただ、弱々しいまでの懇願のみ。

そしてそれを受け入れないほど、梓は非情な人間ではなくて、園ちゃんに席を譲るとこの場から離れていく。

 園ちゃんは梓の座っていた席に腰を下ろした。その姿はいつもの彼女からは想像できないくらいに、儚い。

 「彩月」

 声が、震えていた。動揺している私にもわかるくらいに。

 「前に話したじゃん? 彼氏と、別れたって」
 「……うん」

 その話は記憶に新しかった。それに、後でさらに梓からの「園ちゃんの元カレ情報」が上塗りされていたから、なお。

 「それね、」

 園ちゃんの元カレは「海南高校」だと。そう、聞いていたのだ。

 「タカの、ことなの」

 鈍器で殴られたような衝撃。伊勢谷くんのことを「タカ」って呼んだそれが、さらに私を苦しめる。