「あーでも、今日は自習して帰ろうかな」
「自習?」
偉いなぁ、なんて思いながら伊勢谷くんを見上げる。彼は笑みを浮かべていた。
「そ。俺、いつも帰りもこの辺り乗ってるからさ」
ん? なんだろう?
わけもわからず、その先の言葉を促す。電車の床は濡れていて、少し動く度にローファーと擦れて、キュッキュッという音がした。
「宮辺さんも、この辺り乗ってよ。いつもの時間に」
一瞬、いや、もっと長い時間だったかもしれない。とにかく、固まった。
そしてその意味を理解したとき、顔が赤くなる。きっと伊勢谷くんにも照れていることが伝わっているに違いなかった。だけど伊勢谷くんはその表情を崩さずに私を見下ろしている。
そんな笑みを浮かべられて、そんな風に言われて。私に断れるわけがなかった。断ろうと、思うわけがなかった。
「は、はい」
つい出た敬語に恥ずかしくなって頭を下げる。頭上からはクスクスと笑う声が聞こえて、それが私の羞恥心を掻き立てた。
でも、それが嫌じゃなかった。

