「あ、あーっと。……俺、伊勢谷(いせや)。伊勢谷貴大(たかひろ)」
 「伊勢谷、くん……」
 「うん、そー」

 にっこりと笑った彼の顔にもう、戸惑いはない。私は地に足がつかない感覚で、ぼうっとしていた。

 そして電車は駅に入っていく。

 「じゃあね、宮辺さん」

 私の名前が呼ばれた。彼の、いや、伊勢谷くんの口から。

 「うん、ばいばい! ……伊勢谷くん」

 ドアが開いて彼が電車から降りていく。私は小さく手を振っていて、彼も微笑みながら振り返してくれた。

 やがて彼の背中が小さくなる。

 「伊勢谷くん、かぁ」

 人の目も気にせずに、そう呟く。その名は幾度か頭の中で反芻されて、すとんと綺麗に収まった。

 不意に見上げた空は、どこまでも広がる青い空。それに一抹の寂しさを感じる。

 テスト期間ということはおそらく、帰りは早いだろうし会えないだろう。そう思うとやっぱり、私と伊勢谷くんを繋いでいるのは「雨」な気がした。

 だから雨、降らないかなぁ、なんて。