「はぁ」
 「ん、どうしたの?」

 電車が到着してその音に掻き消されて私でさえも上手く聞き取れなかったため息を、彼は敏感に聞き取ったようだった。

 私はそれを曖昧にぼかして、電車に乗り込んだ。

 どうしよう。聞けない。

 そう思いながらも定位置につく。入り口とは反対側のドア。それの左側。そこが私たちの定位置だった。

 「あー、今日やだな」
 「何か、あるの?」

 まだ少しだけ、敬語じゃないのは慣れない。でもどうやら私が敬語なのは彼が嫌らしい。そう数日前に言われたのが、私の脱敬語生活の始まりだった。

 まぁ確かに、敬語じゃなくなってからの方が距離が縮まった気がする。名前は、知らないけど。