あまごい


 いつもならゆっくりと歩くはずの住宅街を、全速力で駆け抜ける。息が辛いとか、そんなことは言っていられない。鞄が重いとか、そんな文句も言っていられない。頭に浮かぶのは鬼のような形相の梓のみ。

 そう。そんなベタな! と叫びたくなったがしかし、確実に、寝坊だった。

 いつも通りの時間に出るのなら問題ない。もともとそんなに支度に時間をかけるタイプでもない。が、今日は日直で早く学校に行かねばならなかった。

 やっぱりお母さんに「早く出る」って言い忘れたのが一番の失態だ……。

 私は腕につけた時計に目をやる。私が乗りたい電車の発車時刻までは2分ほど。できることならもう走りたくなどなかったが、やはり頭には梓の姿。自分から頼み込んだのに遅れてなんて行ったら、と思うと顔が真っ青になった。

 絶対駆け込み乗車だ。

 それを少しだけ恥ずかしく思ったが、背に腹は代えられない。どうせ電車の中は知らない人ばかり。梓の逆鱗に触れるより、よっぽどよかった。