「で、例の彼とは会えたの?」
「えっ、あー……」
会えたって、言うべき? でも、会えたのに傘返せなかった……ううん、返さなかったことは、どう説明すればいいの?
「……今日は会えなかったんだよねー」
こんなにすんなりと嘘を告げておいて、激しく後悔。いっそのこと、本当のことを言ってしまえばよかったのに、今さら言う勇気もなくて。電話口で梓が何か言ったけれどその声は、右から左へすーっと消えていった。
電話は確かに繋がっているものの、頭はぼうっとしている。定まらない焦点の中で、私の目がやっと何かを捉えた。それは皮肉にも荷物整理のために一度鞄の外に出していた折り畳みで、私をじっと見つめている気がした。

