「あ、この前の……」

 私は恐る恐る顔を上げて彼を見た。彼は優しげな笑みを浮かべて私のことを見ていた。それだけで、少し心が楽になる。

 「また会ったね」

 彼の笑みがさらに柔らかになる。私はそれを見ていられなくて彼の顔から下へと目線をずらした。

 って、あ。

 私は彼の手元を凝視する。その手にはやはり傘は握られていなかった。

 「俺、この辺りでちょっと時間潰すからさ」

 じゃあね、と。言いかけた彼の言葉を遮るように声を発する。

 「あ、の! ……傘、入りませんか?」

 あ、れ。
 え…………ええっ!? な、なに言ってんの、私!!

 そんなこと、言うつもりじゃなかった。傘さえ、返せば良いはずだった。なのに、気が付いたらとんでもないことを口走っていた。