さすがにこの時間のオフィス街には人一人おらず、いつものにぎやかさが嘘のように静まり返っている。
「…寝不足の目に朝陽が染みる…」
「若いのに寝不足ダメなんだね」
「一日八時間きっちり寝たいっす」
「うわ、規則正しいなー…」
笑って歩く私に、彼はノロノロと後ろを歩く。
「…何で、言い返さなかったんすか」
「?」
「昨日部長に怒鳴られた時」
不意に呟かれた言葉に彼を見れば、田口くんはこちらを真っ直ぐに見つめている。
「本当はあれ、ちゃんと峰岸さんに指示してましたよね?」
「あれ?知ってたの?」
「あの場にいた人のほとんどは大体わかってますよ。稲瀬さんが仕事の指示忘れるはずないっすもん。そんな大事なものなら尚更」
「……」
「けど稲瀬さん自身が何も言い返さないなら、俺とかが口挟むのも余計かと思って」



