――同日夕刻。
「依頼人の家はここね」
「そのようですね」
二階建てアパートの二階に位置する一室の前。
勇んで先を行く乃碧の言葉に一歩後ろに控えている熾悒が同調する。
――ピンポーン。
「はーい」
鳴らした呼び鈴に応じて女性が姿を現した。
長い髪を頭の後ろで一つに括り、肩に流している。
化粧も薄く、アパレル業界で働いているにしては服装も平凡で飾り気の少ない女性だった。
家もこぢんまりとしている。
母子家庭というのは皆、そんなものなのだろうか?
「こちらは小田由美(おだ ゆみ)さんのお宅かしら?」
「……はいっ?」
確認する乃碧の言葉に女性は右肩上がりの返事をした。
訊ねた者と答えた者。
双方が怪訝な顔つきをしている。
(どういうことなの? この家の表札にはきちんと『小田』と記されている。けれどさっきの反応を見る限り、この人は小田さんではないみたい……)
「……お嬢様、小田由美(おだ ゆみ)様ではなくこちら、小田由美(やないだ よしみ)様でいらっしゃいます」
首を傾げていた乃碧に熾悒がそっと耳打ちをした。
その言葉にハッとした乃碧。
「……失礼致しましたわ。貴女が依頼人の小田由美(やないだ よしみ)さんですね?」
「はい」
平静を装い、訂正と確認を行う乃碧であったが、その頬は羞恥に染まっている。
そんな乃碧の姿を熾悒はしっかりと目に焼き付けたのであった。

