「あ、市橋先輩」

「うぇっ、どこ!?」


憧れの先輩の名前に、謎の桃源郷に逝きかけた私の思考が浮上した。



どこ!?

愛しの市橋先輩はどこなの!?


あみちゃんの胸元からむっくりと顔を上げて、髪が乱れるのも構わず振り子のように頭を振って辺りを見回すも、先輩の姿は見当たらない。



首を傾げつつ先程の声の主――夏希を見れば、

「嘘」

と一言。


嘘ってことは、え~っと先輩はいないってことで……。



ゴオォォッ。


幸せ気分が一転。

焼け付くような感情が湧き上がる。



「騙したわね~夏希~~!!」


地を這うような声で夏希を呼ぶ。


「よくも……よくも乙女の純情を!!」

「誰が乙女だ、痴女」



痴(おろ)かな女。

痴漢の女バージョン。


痴女。

よりにもよって痴女!?

花も恥じらう女子高生を!?



「あみちゃ~ん、夏希が幼気(いたいけ)な女の子を苛めるよ~~!!」


夏希のあまりな言葉にショックを受けた私は、今度こそ本当にあみちゃんに泣きついた。



「よしよし、ちぃちゃんは可愛いと思うよ」

「マジで? コイツが? どこ?」


人の頭の上で繰り広げるにはあんまりな会話じゃありませんか?


特に夏希、心の底からそう思ってそうなのがマジでムカつく。


「ちぃちゃんってポメラニアンに似てるよね」



……あの、あみちゃん。

私はペットですか?


とりあえず涙は止まったけども。