こずえは海が見えるこの校舎の屋上が好きだった。
 
 キラキラと光る水面。
 水平線に向かって沈む太陽。
 頬を撫でるように吹く潮風。
 
 でも、もうこれで見納め。
 
 こずえは静かに靴を脱ぎ、靴のつま先をそろえた。
 そして首に巻いたマフラーが落ちないように、しっかり巻きつけた。
 腰よりも高い手すりに手をかけ、片足を上げ乗り越えようとした。

「死ぬの?」
 
 こずえはその声にびっくりして、そのままの状態で声のする方を見た。
 上げた片足の先にあるベンチに人がいた。
 それも頭をこちらに向けて、仰向けに寝そべっていた。
 タバコをゆっくり吸いながら。

「パンツ、見える」

 その人はさらに顎を上に向け、こずえの方を見て言った。

 こずえははっとして、慌てて足を下ろし顔を真っ赤にしてうつむいた。

「俺も一緒に飛んじゃおっかなぁ」
 
 その人は吸っていたタバコを空に向かって指先ではじき飛ばした。

「なっ、なんであんたまで死ぬのよ」
 
 こずえは下を向いたまま聞いた。

「うーん、つまんないから、かなぁ」

「そんな理由で? バカじゃないの?」
 
 こずえはパッと顔を上げ、睨みつけた。

「そう。俺ってバカなんだよねー。お前どうせ死ぬんだったら一発ヤラせてよ」

「はぁ? バカ!」

 こずえはそろえた靴を履き、怒りながらその人の横を通り過ぎようとした時、その人が腕を掴んできた。

「きゃーっ! 何すんのよ……?」

 その人はこずえを自分に引き寄せギュッと抱きしめた。
 
「ごめん、ちょっとだけ、抱きしめさせて……」

 その人はこずえを抱きしめながら声を殺して泣いていた。


 夕陽が海に沈み、夜の闇がゆらゆらと下りてきてふたりを包んだ。

 街ではクリスマスソングが流れているのか、かすかに風に乗って聞こえていた。