キスの意味を知った日



「傷つかない恋なんて、本当の恋じゃありません」

「――」

「本当に愛しているから、傷つくんです。本当に愛しているから、苦しいんです」

「――」

「それは、『辛さ』じゃないと思います」


好きだから傷ついた。

愛していたから苦しんだ。


苦しまない恋なんかで、幸せになんかなれない。

苦しみがあるから、幸せがあるんだ。


傷つく事を恐れては、恋なんてできない。

幸せになるのは、怖い事なんかじゃない。


「それに、例えそんな苦しみがあろうとも、私は櫻井さんの側にいたい」

「――」

「私達、似た者同士だと思いません? 本当は誰よりも誰か側にいてほしいのに、過去のジレンマの中で苦しんで前に進めない」

「過去のジレンマ……」

「だけど、その辛さを知っている私達は誰よりも強い」

「――」

「幸せになりたいです、私。櫻井さんの事も、幸せにしたい。もう一度、前に進みましょう。一緒に」


私の言葉を聞いて、ギュッと手を握り返してきた櫻井さん。

少しだけ、瞳を下げて小さく息を吐いた。


そして、しばらくしてゆっくりと視線を持ち上げた彼。

真っ直ぐに私を見つめる瞳が、どこか穏やかだった。

壁が、無くなった気がした。