「櫻井さんが教えてくれたんですよ?」
広い背中に腕を絡ませて、そう言う。
じんわりと感じる、温かさに胸が締め付けられる。
そのまま、そっと目を閉じて願う。
どうか、この人の凍ってしまった心が溶けますように。
本当の笑顔が戻りますように。
寂しいと叫んでいる、自分の心の声が聞こえますように。
私の気持ちが届きますように。
でも――。
「俺はお前が思っているような人間じゃない」
冷たい声が耳元で鳴る。
それと同時に、両肩を掴まれて体から引き離された。
一気に彼と私の間に距離が出来る。
拒絶するように向けられた瞳に私が映っている。
「俺は1人の人間の人生を無茶苦茶にした。最低の人間だ」
「――」
「だから、俺は――」
「櫻井さんは、優しいじゃないですか」
何かを言おうとした彼の言葉を遮って、そう言う。
すると、僅かに櫻井さんは瞳を見開いて口を閉ざした。
「櫻井さんは、優しいです」
「――」
「私と櫻井さんの間にある境界線。絶対私を入れてくれませんでしたよね」
彼と私の間にある、見えない境界線、。
越えられない壁。



