キスの意味を知った日


「だから私は恋する事を止めたんです。始めはそれでよかった。傷つかない、偽りだけの感情で」


意味のないキスをして。

心のないセックスをする。

そこには、裏切りも喪失もない。

でも、幸せも温もりもなかった。


「櫻井さん言いましたよね? 人は一人では生きていけないって。そんなに強くないって」

「――」

「櫻井さんも同じです」

「俺とお前は違う」


その言葉を聞いて、今まで黙っていた櫻井さんが急に口を開いた。

まるで私の言葉をかき消すように。


風が、止んだ―――。


静寂の中に、ただただ見つめ合う。

だけど、その絡み合う視線の中に温もりなど一切ない。


「俺は一人でも生きていける」


冷たい空気を孕んで、櫻井さんは私にそう言う。

でも。


「本当に?」

「どういう事だ」

「どうして、私のキスを受け止めたんですか?」


私の言葉に黙り込んだ櫻井さん。

長い睫毛が頬に影を作っている。


「本当は、櫻井さんもずっと求めてるんでしょ? 人の暖かさを」


あの日のキス。

櫻井さんの、貪る様なキス。

あの時の無防備な彼の姿。

唇から感じた、何かを求めている様なキス。


きっとあれは、人の暖かさを。

心を求めていた。

きっと、彼も無意識のうちに。