キスの意味を知った日


「はい。今ちょうど」

「お疲れ」


いつもなら、私のこの言葉を合図に動き出すはずだが、今日はそのままパソコンに向かっている櫻井さん。

不思議に思って、声をかける。


「櫻井さん、まだ残るんですか?」

「ん? あぁ。日向がまだ戻ってきてないからな」


パソコンの画面を見たまま、そう言う彼の言葉に動きが止まる。

ふと日向のデスクを見ると、確かにまだバックが残っていた。


「……他のチームの子の帰りも待つんですね、櫻井さんは」

「他のチームでも、部下は部下だからな」

「ご立派ですね」

「お前は先に帰っていいぞ。お疲れ様」


そう言っている時も、視線はパソコンに向いたまま。

私にその視線は向く事はない。

その姿に、何故かまた腹がたった。


「お疲れ様でしたっ!」


強い口調でそう言うと、驚いたように顔を上げた櫻井さん。

不思議そうな顔して、こっちを見ていたけど、すぐ視線を画面に戻した。

すると。


「ただいま戻りました~」


明るい声がフロアの中に響いた。