キスの意味を知った日



足がカタカタと震える。

それが、怒りなのか、悲しみなのか分からない。

真っ先にここから逃げ出したいのに、足に根が生えたように動かない。


ただ、真っ直ぐに2人の姿を見つめる。

何か言ってやりたいのに、言葉が出てこない。

まるで息の仕方を忘れたかのように、胸が苦しい。


どうして。

どうして。


そんな言葉ばかりが胸を覆う。

弱い自分を見られまいと、必死に平静を装う事しかできない。

そんな時――。


「松本」


突然聞こえたその声に、ハッと現実に引き戻された。

勢いよく振り返ると同時に、櫻井さんが優しい笑顔を浮かべて私の腰に手を回した。

その行動と言葉に、目が点になる。

そんな私を更に瞳を細めた見つめた櫻井さんは、三日月形に持ち上げた唇で言葉を紡いだ。


「行くぞ」


そう言って、壊れた玩具のように固まった私の腰に手を添えたまま、ゆっくり歩き出した。

その力に逆らう事なく、私は彼に導かれるまま足を前に出した。

ポカンとしたまま立ち尽くす2人の横を通り過ぎる時に、無意識に目を逸らした。

すると、不意に足を止めた櫻井さんがチラリと視線だけ立ち止まる2人に向けた。

そして。


「お二人ともお幸せに」

どこか棘のある言い方でそう言って、再び足を動かし始めた。

最後に見た2人の顔は、もう覚えてない。