キスの意味を知った日

カタカタとパソコンを打ち込みながら、夜食用にと買っておいたパンを頬張る。

集中しているから美味しいとかは感じないが、何か食べないと頭が回らなくなる。

これが終わったら、久しぶりに飲んで帰ろう。

そんな事を思っていると、突然カチャと扉が開く音がした。


その音を聞いて、櫻井さん!? と無意識にビクッとなる。

慌てて音のした方に振り向くが、そこに現れたのは知らない男の人だった。


誰だ?


その姿を見て、首を傾げる。

うちの課の人間じゃないし、うちに出入りしている他の課の人間でもない。

でも、首からうちの社員証をかけているから、うちの会社の人には間違いない。


「お疲れ様です」


現れた男の人にペコリと軽くお辞儀する。

すると、その男の人も、お疲れ様です。と言って近づいてきた。

見た感じ30代手前って所だろうか。

切れ長の瞳が特徴の、真面目そうな眼鏡をかけた男性。

じっと見つめるが、その姿にはやはり見覚えはない。


「こんな時間まで残ってるんですか?」

「あ~仕事がちょっと溜まってしまって」

「そうなんですか」

「――…あの、なにかありましたか?」

「あ、いえ。ちょうど僕も残業してて、帰ろうと思ったら灯りが点いていたので、電気の消し忘れかもしれないと思って」


そう言って、少し笑う男性。

愛想笑いをしながら、チラリと首からかかっている社員証を見れば、広報部の人間だった。