キスの意味を知った日


見慣れた道をトボトボ歩いて、マンションのエントランスをくぐる。

郵便受けを開ける時、未だに少し緊張する自分に腹が立つ。

玄関に入って、まだ明るい部屋を見ると溜息が出る。

そして、中途半端に仕事を終わらせた事で不完全燃焼なこの気持ちに腹が立ってしかたない。


いつまでこんな事が続くんだ。

怒りが収まらずに、持っていた仕事用の携帯をベットに投げつけた。

すると。


TRRRRR――……


投げつけたと同時に、携帯が怒ったように鳴りだした。

その瞬間驚いて飛び上がったけど、次の瞬間、仕事だ! と思って、一気にテンションが上がる。

そして、画面も確認しないまま急いで電話に出た。


「もしもし!」

「――」

「もしもし。松本です」


意気揚々と出たのはいいが返事がない。

不思議に思って、画面を見ると非通知だった。


―――非通知?


その画面を見た途端、ドクンと心臓が鳴る。

呼吸が一気に浅くなって、携帯を握る力が強まる。

フラッシュバックのように、仕事場であったイタズラ電話を思い出す。


それでも、負けたくなくてギュッと唇を噛んだ。

そして、取り乱した心を落ち着かせて、お腹の底から声を出した。


「もしもし?」


少し強い口調で言うと、携帯越しに衣擦れの音が聞こえた。

そして。



「――おかえり」