「えぇ、いつもの角でいいわ」


あえてそう答えるべきだ。

そう私の脳内細胞が告げている。


「了解しました」


そして再び訪れる沈黙。

さっきのとは違う、何故か思い空気。

全て意味が分からない。

教えなさいよ。

そう言ってしまいたいのに。

彼の表情を見ると、何も言えなくなってしまう。

何、これ…。

よく分からない。

彼の気持ちになると思考回路がグルグルする。

考えても分からない。

なら放棄すればいい。

でも出来ない。


「お嬢様?」


私の異変に気づいたのだろう。

桜木がミラー越しに私を見てくる。


「大丈夫よ」


私は分が悪そうに言う。

大丈夫じゃないけど。

そう言ってしまえばいいのだ。


「そうですか。無理はなさらず」


優しく微笑んでくれる。


少し前に読んだ本。

それに書いてあったのは"恋"のお話。

今の私によく似ている。

でも私は桜木なんかに恋をしない。

だって海岸で見せるあの表情は。


誰かを想っている表情なんだから。