「さて、着きましたよ」


桜木は優しく微笑んで、私が座っている側の扉を開ける。

彼は口調は対抗してくるが、態度はどこか優しい。

何故かなんては分からないけど。

彼は私に接するとき、いつも微笑ましい表情をしている。

でも、そんな彼の瞳には私なんて映っていないような気がするのだ。

いつも。

いつも。

私とは違う、誰かを見ているような感じだ。


「お嬢様?」


桜木が少し心配そうな目で私の顔を覗き込んでくる。


「あぁ、ごめん。大丈夫よ」


私は笑って彼に答えた。

思い返せば、私が桜木なんかのことを考えていることを悟られたくなかったからかもしれない。

まぁ、多分大丈夫だろう。


「左様ですか」


そう言い、いつもの表情に戻る桜木。

うん、いつもの皮肉な彼だ。

私はどこかホッとする。


春風漂うのどかな海岸。

特に荒々しい風もなく、波は穏やかだ。

桜の花が落ちた木々が微かに揺れる。

白い砂浜。

ゴミなんて一つも落ちていない。

そして、桜木のあの表情。


どこか、誰かを見つめているような表情。

一体誰を見つめているのだろう。

彼の視線の先に目をやっても、当然見えるのは海だけだ。

彼は、見えていない誰かを見つめている。

懐かしむように。

そして、寂しそうに。


私は声なんか出せないでいる。