どうせ遅刻なんだ。

なんならドドンと大遅刻してやろうじゃない!


「もう遅刻なんて知らねーっ!」

「はいはい、そうですね」


リムジン内で騒ぐ私。

それを見て軽く笑う桜木。

そもそも桜木が起こしてくれなかったからこうなったのよ!

でもそう言っても帰ってくる言葉は一つしかないからやめておく。


「で、桜木。どこに向かってるわけ?」

「そうですね…。どこに向かいましょうか」

「えぇ!決まってなかったの?!」

「唐突なお願い事でしたので」


そう言ってやんわりと微笑む桜木。

…普通にそうしていればカッコイイのに。

もったいない男だな。


「そりゃそうだけどー…」


桜木の言葉に口を尖らす私。

本当に何処に向かおう。

近くにある海?

でも今の季節は春だ。

海に行っても単に寒いだけだ。

でもここにあるのはそれしかない。


「何なら清水海岸にでも行きますか」


清水海岸。

特に何かあるわけでもない、近い場所にある海岸のことだ。

桜木はそこがお気に入りで、私も小さい頃からよく連れて行かれていた。

そして見る、彼の。

――――どこか寂しげな表情。

昔、一度どうしてそんな表情をするのか聞いた。

でも返ってくる返事は一つしかかった。

「お嬢様にはまだ早いですよ」

そう彼は言った。

寂しげな表情で。