「お嬢様」

「何よ」

私がピンチを通り越したのを知ったのは、桜木の言葉だった。


「3分前に学校のチャイムが鳴られておりますが?」

「…は?」


そんな桜木の声に反応した私は、右手の時計を確認。

「~~~っ!!」

私は声にならない叫びをあげた。

時計の針が指していたのは8時13分。

学校の朝のHRが始まる時間は10分。

…終わった、全てが。

私の努力が終わった。


「お嬢様、ご安心を。HRは始まっておりますが、一時間目にはまだ12分もありますよ」


分かるぞ、私には分かる。

運転しているから表情は分からないが、絶対にこいつ、笑ってる!

だって肩も震えてるし!

よく聞けば小さく「…クッ」とか言ってるじゃない!

もう…許せない!


「はぁ、もういいわ桜木。諦めるわ」

「といいますと?」

「折角だから、ちょっと寄り道するのよ」


遅刻確定の事実。

桜木の仕事放棄。

それらが積み重なった私は、もう内心どうでもよくなっていた。

そうだ、体調が優れなかったから遅刻した、とでも言っておけばいい。


「フ…フフフフ…」


数々のジレンマなどに駆られた私は、自分を見失っていた。

そして桜木はそれを嘲笑うかのように。


「後でお父様に叱られても知りませんよ?」


と言って、リムジンの進路を学校から別のルートへとハンドルを切ったのだった。