『そんな……』

あたしはわざと、恥ずかしそうに俯いてみせる。


「きてください。ね?」

彼は、あたしの両手を、
彼の大きな両手でふわっと包んできた。

その行動に、顔が熱くなるのを感じた。

オとされかけてる?あたし。



次は本当に恥ずかしくて俯いてしまった。
そんなあたしを、彼はじっと見つめたあと、不安そうな表情を浮かべた。


「……ごめんなさい。花魁なのだから、お店のほうが忙しいでしょう。
無理を言ってしまい、申し訳ない…」



『……!』

急なその言葉に、あたしは 違います と口を開くことが出来なかった。


彼はぎこちなさそうに杯に残った酒を飲み干すと、
真っ赤なバラが描かれたソファから腰を浮かし
帰ろうと襖に手をかけた。



『……行きますよ。』


赤く染まった頬を見せつけるかのように顔を上げ、彼を見つめた。

彼はまた驚いた顔をし、再びあたしの隣に腰をかけた。


「……それは本当ですか」


『……あたしには滝檎太夫っつープライドがある。
こんなとこで引っ込んでられっかよ…』


そう言って片方の口角を上げ、意地悪そうな目つきで彼を睨んだ。

そしてゆっくり、煙管を口にする。


禿(かむろ)のときのように、顔に吹きかけたらかわいそうだから
他の方に吹いてやった。




――時には甘く、時には鋭く。

スキを見せたかと思えば、時には油断させないようにする。




「ありがとうございます。滝檎太夫。」

家来は深々と頭を下げた。


『頭を上げてください。
この冷羅様に任せなさい』


頭を少しあげて上目であたしを見つめる彼に、今度は顔に煙を吹いた。

彼は少し煙たそうにしたが、すぐ笑顔を見せた。


「あなたは面白いお方ですね。」


彼は膳の中にある砂糖菓子に手を伸ばすと、自分の口に放り込んだ。


面白いって…あなたこそ。


「………では、わたしはこれで。」


まだ話して30分も経っていないというのに、もう帰ろうとしたその神経に、あたしは目を疑った。

座敷に入ることさえ大金が必要なのに、その金を30分もしないうちに無駄にしてしまうなんて……


まぁ実際、そんなのあたしらにとっちゃ関係ないけど。

店はただ金が入ればいいのだから。


………でも

彼がいくら金持ちだからと言っても
わざわざ月華屋まで来てくださった客だ。
楽しませずに帰すわけにはいかない。




『旦那様、お待ちください。』