「それなら私も経験があります。大切な存在を、失った。」

『…総作様も?』

あたしは煙管をひとつ吸って総作様を見つめた。

「はい。…私は、母を失いました。」


――母親…


母親。
子どもがだれよりも愛する存在。
生まれたときから死ぬ間際まで。


衝撃的すぎる総作様の発言に、
言葉を失った。

『………母親…』


母親を失うことは、なによりも辛い。
今まで自分を造り上げてきてくれた神のような人を、失ってしまう。

だけど、
母親に捨てられることは、その何倍も、辛く悲しく、虚しい。


「重い病を抱えていました。入院し治療し…。母も私も、毎日が闘いでした。」

総作様は手に持っていた杯を静かにテーブルに戻した。

「母が死んで、5年になります。
…月日とは、あっという間に過ぎるのですね。まだ母が家で台所に立ち、夕飯を作っているような気がしてなりません。」

ははっと笑う総作様の笑顔は、とても寂しそうに見えた。


「ですが、祖母や父親、カーノン様に私を良くしてもらいました。漁師の父親には共に漁をしにいったり。カーノン様は、まだ幼かった私を城の家来として城に入れてくれました。祖母は、母がいなくて毎日ひとりだった私をよく世話してくれました。」
総作様は、嬉しそうに目を細めてほほえんだ。

『総作様は、恵まれてたんですね』

「はい。とっても!」

『家来として城に入ったのは、それがきっかけなんですね。』

総作様は、そうです と頷いた。


母親がいなくても……家族が団結してなくても、総作様は幸せだろう。

まわりに支えてくれる人たちがいて、本当に恵まれている。



あたしは、そんな総作様を少し羨んで、また尊敬した気持ちで見つめた。