杯に酒を注いだあと、総作様はくっと一気に飲み干し、息を吐いた。


「それより。わたしが知っているこの店の決まりと、あなた方の決まりでは少し違いがあったみたいだ。」


『違い?』


「はい。わたしが聞いたところでは、
花魁は初対面の客には口を聞かぬと聞いた。二回目から、口を開くと。」


『…………間違いございませんよ。』


総作様は不思議そうな顔をした。

「…いやしかし、あなたは口を開いた。
わたしに話しかけてくれたではないか。」

あたしは再び煙管を口にした。

『……あたしは、したいことはする、
したくないことはしないっちゅう主義なんです。』

お客様に向ける口調ではなかった。

煙を静かに吐き、煙管を置き場に置く。


『決まりなんていらないのさ。本当の遊女というのは、決まりなんか作らない。
自分のしたいことをするんです。自身に決まりなど要らぬ。
それが本当の花魁です。』



総作様は顎に手を添え、少し何かを考えた。

「あなたは本当に変わったお方ですね」


『これがあたし。』


「あなたの考えは自由だ。さんさんとしている。まるで親に堅苦しく教育されていないみたいだ。」


総作様の言葉に、
あたしはぴくりと反応した。

その瞬間、一気に頭の中に昔の記憶が蘇る。



『……あたしには、親なんかいねぇ。』

掠れかけた声で、ぽつりと呟いた。

総作様は杯を口に運ぼうとした手を止め、気まずそうに手を降ろした。


「……すみません…」


『…あたしは、10歳んときにこの店に売られたんです。単なる親の金稼ぎで』


総作様は真面目な顔であたしを見つめている。

『そんとき年頃だったあたしは、ここがどんな場所なのか、自身が何をされたのか、薄々気づいていました。』


………だけどあたしは。
臆病だったあたしは。


逃げることも、親を追求することもしなかった。…出来なかった。


あたしと引き換えに女将が母親に渡した金の量は、ものすごい金額だった。

分厚い小判の束が、あたしの値を示していた。


そうして母親に売られたあたし。

母親に、恨む気持ちも懐かしむ気持ちも
どんな感情も湧かない。