カオル君。ユーイチ君。セイちゃん。沙織ちゃん。テツ君。

彼らと彼女らが住むあのアパートは、私の見つけた幻のお菓子の家だったのかも知れない。

そんなことを思ってしまうほど、私の毎日は現実に戻った。

派遣社員をしている私が今勤めているのは、電車で40分ほどの駅地下にある

デパートの惣菜売り場だ。

毎日、むくむ足と戦いながら、貼りついたスマイルで大声を出す。

あの日以来、カオル君とは会っていない。携帯では、二回話した。

薄暗がりのあの電話から、彼が私に電話をかけてくれている姿を想像するだけでも

切ないほど胸がときめく。

有美子とも、なかなか会えないまま、カオル君や他のみんなの話もできないまま

なんとなく忙しく日々は過ぎていくばかりだった。

アパートが、懐かしかった。手繰り寄せたくてたまらない遠い記憶のように。


その日、いつものようにクタクタになった足をマッサージしながらお風呂に入っていたら

部屋から携帯の音が聞こえた。

私は慌てて湯船から上がり、バスタオルを身体に巻きつけるのももどかしい思いで

携帯を手に取った。非通知。カオル君…!?

「はい」

流れて来たのは、元気なあの声だった。

「もしもし?あたし!セイちゃんだよん♪」

「あ…」

「ごめんね?カオルにけーばん教えてもらっちゃったんだ!ねえ、マキちゃん、こっち今度いつ来れるのー?」

「えっと…ちょっと仕事忙しくてまだわかんないんだけど…なんで?」

『カオル』という響きを聞くだけで、ドキッとしてしまう。

「あのねぇ、テツの就職決まったからみんなでお祝いしてやろーって言ってるの。そんで、真希ちゃんも来れたらいいなぁってセイ思ったからかけたの。今週の土曜なんだけど、だめかな?」

私は素早く頭の中で予定を思い出していた。土曜日。仕事は入っている。休むことは出来ない。でも。

「仕事の後でもいいなら行きたい!」

考えるよりも数秒早く、私の口は動いていた。