「分娩中に死んじゃったんだ、奥さんと

お腹の子。どっちも、助からなかった」

「……」

「予定日より半月早かったんだ。

俺はその日大事な仕事があって、立ち会う約束も

果たせなかった」
 
あたしは以前見つけた茶色いうさぎのぬいぐるみの事を

突然思い出した。

「その頃あれ、…なんてんだっけ?

妊娠中いきなり落ち込んだり急に泣き出したりしてた。

なんか、情緒が安定してなくてさ」

「…マタニティーブルーってやつ?」

「あ、そう。それそれ」
 
伏し目がちのワンコ、口元だけを笑顔の形にする。

「仕事忙しかったし、俺も気持ちに余裕なくて…

あんまり、労わってやれなくて。

最後は出勤前に泣いてる彼女と怒鳴り合いの喧嘩した」

「…………」

「初めての挫折…

つーか、重過ぎるダメージだったよ。

自分も含めてこの世のもん全部が、

なんもかんもくだらなく感じた。

失うくらいなら、最初から何も得ないほうが

人生マシだぜと思った。

二人で住んでたマンションも引き払って、

親父の会社も勝手に辞めた。

…そこから先の人生はもう、余生ってやつだと思ってた」

「…………」