「…ミズキ」

「なに?」
 
三本目の煙草に火をつけたトモロウは、

じっと川面を見つめたまま話し始めた。

「…前にさ、なんで路上生活してんだって

聞いてきただろ?」

「あ…、うん。聞いた」
 
煙草の先っぽの明かり、吸い込むたびに

灯ったり、消えたり。

「俺さ、前に結婚してたんだ」

「え…?」
 
トモロウの横顔も灯ったり、消えたり。
 
…ぼやけたり。
 
頭を乗せるとしっくり来る、ベンチの背もたれの

心地いいカーブ。
 
あたしは、遠い世界の物語を聞くように空を見上げ、

星々を見つめたままトモロウの話を聞いた。

「結婚してた子は、両親とも小さい頃に亡くしてて。

俺との間に子供が出来た時、むちゃくちゃ喜んでくれたんだ。

『やっと私にも家族が出来た』って」

「…うん」

「…俺はその時二十二歳だったんだけど、

親父がでかい会社の社長だからコネですんなり

就職して…それこそほんとに子供の頃から

ずっとなんの苦労もしなかったし、仕事もまぁまぁ楽しかった。

だから、人生なんてちょろいって思ってた。

完全にナメてた。……何に対してもうまく行かない事なんて、

一度も経験しなかったからな」

「…てかトモロウ、煙草吸い過ぎッ!」