「あれ?降って来た」

チャルの言葉に顔を上げると細い銀色の雨がガラスにあたり、

泥水となってつーっと滑り落ちていくのが見えた。

「もうすぐ朝食ね。ユルカもそろそろ出て来れるはずよ。

迎えにいけば?場所、教えてあげるからさ」

「うん…でもチャルは?昨夜も何も食べてないでしょ?一緒に行こうよ」

今度は髪をアップにしながらチャルは答えた。

「食欲、ない。パス」

チャルの食欲減退も心配であったカスカだが、ずっと聞けずにいた

例の、首筋に這う蚯蚓のような傷跡について、初めて聞いてみることにした。

「チャル……それ……」

「あ、これ?」

首筋に手を当てて、不思議となんだか愉快そうにチャルは微笑んだ。

「あたし、逃げたのよ。ハハオヤがあたしに売春させたり

ハダカの写真売り飛ばしながら生活してたから。

でも何度家出しても捕まっちゃうの。そんでやけになって何度も何度も自殺未遂したわ。

きちんとくっきり傷跡がいくつも残ってたから気味悪くなったのかなぁ。

お客、どんどん減ってさ。

そんで役に立たない娘を見限ったハハオヤに、ここにぶち込まれたのよね。

ざまあみろって思ったわ。二度とハハオヤと会う事がないってわかった時

は、心から嬉しかった。

まぁ、ここにいたってろくな事ないけど。あんな毎日に比べれば、まだマシ

かなって」


頭のてっぺんでおだんごを結いながら、チャルは自虐的に言った。

「ファックよ、あたしの人生なんて。生きていること自体がファック。

ほんとは、ロックが良かったけどね」


以前、巻き毛の少女が言っていた過去とは違う。

けれどもカスカはチャル自身の言葉を信じた。

そしてなぜだか突然、無性に無性にチャルを抱きしめたくなった。

布団から出て、そばに近寄って、華奢な肩に触れながら彼女をそっと抱きし

めた。

「チャル……」

「……何よ、急に」

「つらかったね。でも、…生きてて、良かった。チャルと生きて会えて、

私ほんとに良かったよ」

ほんの僅かに時は止まり、チャルは微かに鼻をすすった。

泣いているチャルをカスカは、よりいっそう強く抱きしめた。

やかましいスピーカーから朝食の時間を告げる放送がかかるまで。