部室のドアが見えてきた。
一瞬、心臓が大きく飛び跳ねる。
大きく息を吸い、呼吸を整えた。
よし、これで落ち着いた。
彼女は意を決してドアの取っ手に手をかけた、その時だった。



微かであったが、ピアノの音色が聞こえてくるのである。
もう今日は部活も終わっている。
部室には誰もいないはずなのに・・・。
それは良く聞き慣れた、ピアノの音であった。
彼女が部活でいつも弾いているピアノを、誰かが弾いている。
部で私以外にピアノが出来る人は・・・知っている限りでは、誰もいない。
耳を澄ませてみる。
それは彼女がいつも聞くピアノの音色よりも優しく心に染み渡り、暖かだった。
それでいて、どこか切なく、物哀しさまでも感じられる。
一体誰だろう、こんなに優しい音を奏でている人は・・・。
曲は「月の光」
優しく舞うようなメロディーを持つこの曲は、彼女の好きな曲でもあった。
彼女はそっとドアを開けた。



落ちかけた夕日に反射して見えたその姿に、彼女ははっと息を飲む。
ピアノの前に腰掛けているその後姿は、
黒いスーツを身に纏った、顧問の教師だった。
彼女はその場に立ち尽くした。
まさか、この人がこんな音を奏でるなんて・・・。
自然に胸が締め付けられていく。
彼は気が付いていないようである。
優しく続くその演奏に、彼女は何時の間にか聞き入ってしまった。
それは彼女にとって、理想の音であり、目標でもあった。
いつか、誰よりも暖かい音を奏でたい。
優しい旋律に指を躍らせてみたい。
そして、今、自分が理想とする音が、ここにある。


ゆるりと流れる悠久の時が、ここにある。


ずっとこのまま、この音色を聞いていたい・・・、そう思った時であった。